社寺における新型コロナ感染防止下の初詣の分散化は仕方ないかもしれません。しかしそれだけでも元日だけで100万人規模の参拝客を集める所では、驚異的なダメージになること必須です。特に気になるのは「戎っさん」で神社の収入源は致命的となり、商売繁盛の機運さえも押しとどめられます。
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実はアベノミクスから変化を感じました
自営業をしていた父親の影響で、初詣よりも「戎っさん」を優先してきた私です。二十歳のころから毎年楽しみにしている神事であり、仕事柄各地の社寺に参るものの「どこでも頭を下げるのは浮気行為か?」という感もあり二礼二拍一礼は少々控えております。しかし、戎っさんは大阪商人の気質として例外であり、自分(法人)のために祈ることがテーゼでありました。
変化を感じたのは3年前。明らかに縁起物がありません、作っていません。プラスチック製の熊手などを見るにつけ、神社マーケットの変容を感じました。中小、零細企業がアベノミクスの段階で疲弊しており、笹や熊手のニーズの減少が想定された故でしょう。コロナの影響が認識された令和2年、今年は前戎に急いでいき、弊社定番サイズの縁起物を手に入れました。これでもギリギリセーフで、細かな縁起物オプションはありませんでした。
全国の祭禮も自粛や中止。テキ屋はどこへ行った?
もし寅さんがこの時代に生きていたらどうしただろう?そんなことも杞憂してしまいます。
親分さんの仕切りで場所を割り当てられ、お年寄りの“伝統工芸的な…”職人ははもちろん、時流に沿った露店を出してきた若者も大勢いたはず。参道の商店はもちろんであります。一番怖いのは親分の時代に伴う変化です。いやな推測ですが、持続化交付金などが巻き上げられている現状などあり得るでしょう。寅さん、200万請求したカタチで自分の手元には20万円ぐらいしか残らないかもしれませんね。
にぎわいの消失という以前に「商売繁盛」ムードのあきらめから、地下に潜っていくような感じがあります。
神社のマーケティングはどこへ行く?
オンライン参拝をして電子決済でお賽銭。まぁ、それも一つの手段ではあると思いますが、風情も何もあったものではないですね。賽銭箱の最前列にとどまって、ダウンジャケットの首部分を広げている(結構小銭が入るらしい)さまざまな事情のある方々。そんな方々は奈良時代ぐらいからいたのではないかと思います。
それはそれとして寛容に認めるというのが、日本の伝統的な信仰であったような気もします。しかし、コロナ渦の神社経営を考えると、そうも言ってられないのかもしれません。事態は深刻です。
破綻する社寺は少なくない、救済が必要では?
神社庁などを経由して社寺へ支援金を国から出す…なんということを言い出すとえらいことにはなるでしょう。しかし現実的には、この年頭で運営・維持できなくなる社寺は少なくないと考えています。自身、地域の祈りの場としての社寺を考えると、勝手につぶれてもらっては困るのではないでしょうか?廃仏毀釈のときもそうでした。鎮守の森の役割などを考えると、地域の環境にも大きな影響があります。
ましてや社会的弱者に対しても。萌え神社とかやっているところは別かもしれませんが。
小さな駅前の葬儀場が量産されて、家族葬などの小規模が普通になり、お墓はコインロッカーみたいになってきています。宗教者ではありませんが、社寺の役割をよく考えなければと思うわけです。
戦略的に社寺生き延びるには
社寺が生き延びる手法として単純に考えるならば、氏子や檀家…顧客化戦略となるのでしょうか?サブスクといいますか?要は初詣などの過密を避け、一年を通じて何度も参ってくれる方を大切にして、真の意味で「地域に根差す」ことがいわゆるリピーター育成につながるのでは?子から孫へ伝えなければなりません。
小学校や地域行事に密接に関わったり、自然災害時での役割を知っていただいたり。なによりもなぜこの地に、この社寺が存在するのか?きちんと発信することが大切になっるのでは?まち歩きの開催もいいでしょう。また、七五三ほかの神事の正しい説明および、写真撮影などとの連携による付加価値向上…社寺の生き残りについて、大変な競争はアベノミクス以降もずっと深刻化しています。
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